2009年07月05日 09:29
昨日、近所のスーパーへ食料品を買いに行った。
「特価のパンか何かでいい」と思っていたのだが、あいにく安く売っているパンがない。
食べられそうなものがなかなか見つからずウロウロ。
すると30代中盤と思われる女性店員と目が合った。
何もかごに入れず、長時間店内を行き来している私を不審に思ったのだろう。
気のせいか、彼女の視線には、私のことをさげすむような雰囲気を感じる。
ラーメンだけを少量買い、たまらず店を出た。
キチガイニートは自由に買い物もさせてもらえない。
拡大自殺 -Wikipedia-
拡大自殺(かくだいじさつ 英語:extended suicideまたはSuicide by cop)とは、広意義的な自殺の一種として、直接自分自身で手を下すはずの自殺ではなく、他人又は国家などの力を借りて自己を自滅的に追い込む行為のこと。
わざと犯罪者が警察官に抵抗して射殺される、あるいは死刑が確定的であるのを分かっていて、その犯罪行為に及ぶ自殺志願者の行為である。警察官にわざと射殺されることを「スーサイド・バイ・コップ(警官による自殺)」という。日本では自殺志願者が自身で自殺できない場合「死刑になって死にたい」として、わざと他人を殺害する場合もある。
拡大自殺を企図した者は、確実に死刑となるために凶悪犯罪を起こすことが多く、大量殺人やテロ行為を行う場合もあるため、社会問題になりやすい。稀に死刑になることを目的として重犯罪を犯す者がおりまた国家が死刑制度存続の根拠のひとつと主張する、死刑による犯罪抑止力を嘲笑う行為との指摘もされる。
この手の犯罪を日本でもたびたび耳にするようになった。
茨城や、秋葉原のあれがそうだ。
実行に移す奴の心理は、まったく理解できなくもないけど、でもやはり私には無理。
殺したい人間、標的は、自分自身ただ一人であり、それ以外にはいない。
自分一人を殺すために、他の誰かを殺すというのは、どうもまわりくどい。
殺される他人と、その親族が気の毒だし、第一、死刑が執行されるまであまりにも時間がかかりすぎる。
効率的とはいえない。
一方で『(人を殺すことは)蚊を殺すことと同じだ』とする主張は、部分的に同意する。
学生が事件を起こしたとき、彼らが通う学校の校長が会見で口に出すフレーズ、『命の尊さ』。
『命は尊い』は、はたして真実か。
人間は犬猫ガンガン殺すし、食いきれないほどの食事を作って食べきれなかった分はゴミ箱に入れるし、二酸化炭素ワッサー出して人間以外の生物を殺すし。
でも罪には問われない。
殺しておk。
『命は尊い』とは『人間の命は尊い』という意味か。
そんなはずはない。
地球を生かす植物はそうでもないけど、地球を殺す人間の命は大事とか、そんなわけねーよ。
結局、オッサンオバハンらが言うほど、命は尊くないのだ。
自分が人間だから、人間の命がついえることを目の当たりにすると、過剰にかわいそうと思ってしまうだけで、実際は蚊がつぶされるのとほとんど変わらないはず。
『自殺してはいけない』『生きなければならない』とするのは幻想。
自殺が犯罪でないことが確たる証拠だ。
自殺してもよい。
生きられない人にとって、自殺は必ず必要だから、自殺を手助けする組織があってもいいと思う。
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